老朽化建物の立退き交渉|借地借家法「正当事由」の最新基準

はじめに
築年数が古くなり、建物の耐震性や収益性に不安を抱えていませんか?「建替え」による資産価値向上や安全確保は急務ですが、長年入居している賃借人への「立退き」交渉や、賃貸借契約の更新拒絶が法律(借地借家法)の壁となり、なかなか進められないという悩みを多く聞きます。
賃貸人側として「建替えたい」と主張するだけでは、裁判所はなかなか明渡しを認めてくれません。しかし、近時の裁判例を分析すると、不動産オーナーが明確な主張と準備をすることで、正当事由の具備が認められる傾向が強まっています。
この記事では、司法書士が、借地借家法の更新拒絶等要件に関する調査研究報告書(法務省HP)に基づき、建替えを理由とする更新拒絶・立退き請求を成功させるために、裁判所が重要視する判断基準(正当事由)を解説します。
この記事を最後まで読めば、建替え計画を法的にどう裏付け、どのような準備をすれば実現に近づくのか、具体的なアクションが明確になります。
目次
- 建替え時の立退きを認める最新基準:「老朽化」と「耐震性能」の重要性
- 老朽化を理由に正当事由を認める裁判例が増加
- 耐震性能不足が「建替えの必要性」を裏付ける
- 正当事由を強化する「経済的合理性」と「具体的計画」の作り方
- 耐震補強工事ではなく建替えを選ぶ経済的合理性
- 明渡し後の「具体的計画の有無」が正当事由の確実性を高める
- 立退料の相場と役割:高額な立退き要求への対抗策
- 立退料はあくまで「補完的要素」である
- 立退料の算定基準と裁判例における役割
- 賃借人側の主張(使用期間・代替可能性)への具体的対応
- 賃借人の長期間の使用実績と対抗策
- 事業用物件と居住用物件の代替可能性の判断傾向
建替え時の立退きを認める最新基準:「老朽化」と「耐震性能」の重要性
建替えを目的とした賃貸借契約の更新拒絶や解約の申入れには、借地借家法第28条に基づき「正当事由」が認められる必要があります。この「正当事由」の判断において、賃貸人側の事情として最も重要視されるのが「建替えの必要性」です。
老朽化を理由に正当事由を認める裁判例が増加
近時の裁判例(令和元年以降)を分析すると、「建替え」あるいは「取壊し」が必要であると賃貸人が主張する事案は、対象裁判例全体の約63.5%(87件)に上ります。そのうち、老朽化を理由とするものは76件であり、正当事由の具備が認められた割合は約71.1%に上っています。これは、過去の調査(平成16年報告書では55.0%)と比較して、老朽化を理由とする正当事由の具備が明らかに増加傾向にあることを示しています。
特に、建物が老朽化していることに加え、十分な耐震性能がないことを理由として、賃貸人が「建替えの必要性」を主張する傾向が強く見られます。
耐震性能不足が「建替えの必要性」を裏付ける
近年の大規模地震の多発により、社会的に耐震性に対する関心が高まっています。裁判所も、建物の耐震性能を正当事由を判断する際の重要な考慮要素の一つとして評価しています。
裁判例では、1981年の新耐震基準以前の建物(旧耐震基準)であることや、建築物の耐震改修の促進に関する法律、または地方自治体の条例(例:東京都の緊急輸送道路沿道建築物の耐震化条例など)に言及し、正当事由の具備を認めるケースが見られます。
重要ポイントとして、東京地判令和4年3月4日のように、十分な耐震性能が備わっていなければ、賃借人だけでなく、倒壊や崩壊によって近隣にまで迷惑をかけるという社会的な危険防止の観点までも指摘されています。
ただし、耐震性能の不足が認められても、それだけで正当事由が常に具備されるわけではありません。例えば、経済的に不合理とはいえない費用で耐震補強工事をすれば性能を補完できる場合や、賃貸人側に明渡し後の具体的な計画がない場合などは、正当事由の具備が否定されています。
正当事由を強化する「経済的合理性」と「具体的計画」の作り方
「建替えの必要性」を主張する場合、老朽化や耐震性能の客観的なデータに加えて、賃貸人側の経済的な事情や、明渡し後の具体的な行動計画が正当事由の強度を大きく左右します。
耐震補強工事ではなく建替えを選ぶ経済的合理性
正当事由の判断にあたっては、建替えと耐震補強工事・老朽化対策工事のどちらを行うことが賃貸人側にとって経済的合理性があるかも併せて考慮されます。
耐震補強工事や老朽化対策工事の費用対効果が低い場合、すなわち、多額の費用を投下しても建物の効用が相当な水準に回復しないと見込まれる場合や、現存建物が有効に活用されていない状況にある場合には、建替えの方が合理的であるという判断につながり、賃貸人に有利に働きます。
また、建物の敷地が有効に活用されていないと考えられる場合(例:駅近の好立地にもかかわらず老朽化が進み低層である、近隣相場より家賃収入が少ないなど)も、賃貸人に有利な判断がされる傾向があります。ただし、単に「収益を増大させたい」という目的だけでは、賃借人の高度な建物使用の必要性を上回ることはできない点に注意が必要です。
明渡し後の「具体的計画の有無」が正当事由の確実性を高める
賃貸人が明渡し後の具体的な計画を立てているかどうかは、正当事由を判断するうえで重要な要素です。計画の具体性が認められる要素には、以下のようなものがあります。
- 建替えの具体的計画(設計図、資金調達の目処など)
- 明渡し後の使途(賃貸人自身の自己使用目的、例えば二世帯住宅の建設や居住、駐車場の確保など)
- 他の賃借人の退去状況(他のテナントの退去が完了している場合、賃貸人の計画実現可能性が高いと評価される)
特に他の賃借人がすでに退去済みである場合、賃貸人の賃料収入が低下し、土地を有効活用する必要性が生じていると判断されるため、正当事由の具備を認める一要素になり得ます。しかし、賃貸人が意図的に他の賃借人を退去させて、建物を有効活用できない状況を「既成事実」として作り出したと見なされる場合には、正当事由の具備が否定される方向に傾くため、計画性の具体化は公正な手続きをもって進める必要があります。
立退料の相場と役割:高額な立退き要求への対抗策
立退料は、正当事由を補完する要素として非常に重要な役割を果たします。近時の裁判例の約半数を超える事案において、立退料の提供の申出があり、あるいは裁判所が立退料の支払を受けるのと引換えに明渡しを認容しています。
立退料はあくまで「補完的要素」である
立退料は、あくまでも正当事由の補完的要素であることが前提です。賃貸人側の自己使用の必要性(建替えの必要性)が低い場合、たとえ高額な立退料が提供されたとしても、それだけで正当事由が具備されるわけではありません。正当事由を判断する際には、賃貸人および賃借人の建物使用の必要性が主たる判断基準であり、立退料はその他の従たる要素に留まります。
裁判所は、当事者間の諸事情を総合的に考慮し、立退料の額によって賃貸人と賃借人の間の利益調整を図っています。再開発を理由とした大規模な事案では、賃借人への営業補償や借家権価格が高騰する傾向が見られ、立退料の最高額は8億3000万円に達した事例もあります。
立退料の算定基準と裁判例における役割
立退料の算定においては、特定の「相場」や「算定基準」を裁判例から見いだすことは困難です。裁判例で考慮される要素としては、主に以下の3つが挙げられますが、これらを積算するよりも、個別の事情を考慮して額を増減させるケースが多いです。
- 借家権価格
- 移転費用等(引っ越し費用、内装工事費、賃料差額等)
- 営業補償
立退料は、賃借人側が主張する「物件の代替可能性がない」ことによる不利益、例えば移転による休業損害や移転費用、高齢による転居の困難性などを金銭によって解決するために機能します。賃借人側の「愛着」といった金銭になじみにくい事情も、立退料の増額によって考慮され、利益調整が図られることが多いです。
賃借人側の主張(使用期間・代替可能性)への具体的対応
不動産オーナーが明渡しを請求する際、賃借人側が主張する主な反論は「長期間の使用実績」と「物件の代替可能性の欠如」です。これらの主張に対する裁判所の判断傾向を理解し、適切に対抗することが重要です。
賃借人の長期間の使用実績と対抗策
賃借人が建物を長期間(10年〜50年以上)使用していたという事情は、正当事由を否定する方向に働く要素となります。しかし、使用期間が長ければ長いほど、賃借人の利益が保護される可能性が高まるにすぎず、「何年以上であれば明渡しが認められない」という明確な基準はありません。
実際には、使用期間が長期であっても、立退料の支払によって正当事由の存在が補完され、明渡しが認められるケースが多く見られます。オーナー側としては、老朽化や耐震性など「建替えの必要性」を強力に主張するとともに、長期使用による賃借人の愛着や転居負担を考慮した立退料を提示することが有効な対抗策となります。
事業用物件と居住用物件の代替可能性の判断傾向
「物件の代替可能性」(賃借人が当該物件を使用する必要性)は、賃借人側の建物使用の必要性を判断するうえで重視される要素です。
- 事業用物件の場合: 賃借人が主張する「代替物件がない」という主張は、多くの場合、移転による休業損害や多額の移転費用の発生に収斂されます。これらは金銭で解決可能な不利益(立退料で清算可能)と見なされやすいため、よほどの希少性や立地条件がない限り、代替可能性が否定されるケースは少ないです。賃貸人側は、近隣に類似の物件が存在することを積極的に証明することが有効です。
- 居住用物件の場合: 居住期間が長く高齢である賃借人や、特定の通院先との関係で移転が困難な事情がある場合、生活利益の保護が問題となります。しかし、これらの事情も、立退料を増額することで(例:引越し業者費用の全額負担や高めの賃料差額補填)ある程度の解決が図られると判断され、最終的には立退料による補完で正当事由が具備されることが多いです。
例外的に、特定の事業(例:葬祭業)で周辺住民の同意取り付けが難しい場合や、タクシー洗車営業のように適切な位置での開業が必要で事業全体への影響が大きい場合など、代替物件の確保が極めて困難であると認められた事例も一部存在します。
まとめ
建替えを目的とした賃貸借契約の更新拒絶を成功させるための要点整理
近時の裁判例の分析から、不動産オーナーが明渡し請求を成功させるために重要なポイントを箇条書きでまとめます。
- 「建替えの必要性」が正当事由の主たる考慮要素である:建物の老朽化・取壊しを理由とする正当事由の具備率は増加傾向にあります。
- 耐震性能の不足を立証する:旧耐震基準の建物であることや、倒壊による近隣への危険性などを客観的なデータ(耐震診断など)に基づき主張することが極めて重要です。
- 「経済的合理性」を示す:耐震補強工事ではなく建替えを選択することが、費用対効果や敷地の有効活用(収益性改善)の観点から最も合理的であることを証明します。
- 「具体的計画」を準備する:明渡し後の建替え計画や自己使用計画を具体化し、他の賃借人の退去状況など、計画の実行可能性を裏付ける証拠を揃える必要があります。
- 立退料は「利益調整」の切り札:立退料は主たる要素ではないものの、賃借人側の使用継続の必要性(長期使用、移転困難性、営業補償など)とのバランスを取り、正当事由を補完するための不可欠な要素です。
- 最終的な結論は「総合考慮」による:特定の基準のみで結果が決まるのではなく、すべての事情が考慮され、当該事案における妥当な結論が導き出されます。この運用は適切であると評価されています。
最終的な成功の鍵は、建物の老朽化・耐震性能不足という客観的な事実を基盤とし、それを裏付ける経済的な合理性と具体的な再利用計画を提示した上で、賃借人の不利益を適切に補完する立退料を提示するという、賃貸人側の事情を多角的に構成することにあります。
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